日本の祭りレポート
よしひろがく
これは害虫除去を願う「虫送り」の習俗と、南北朝時代の豊後守護大友氏の家臣・吉弘正賢の戦勝祈願や五穀豊穣祈願の踊りが習合したもので、念仏踊りの流れをくみます。総勢49人の楽人たちは神社の境内で輪になって、背には旗指物を、腰蓑に陣笠姿で太鼓を打ちながら踊ります。その風体は武士なのか、農民なのか、階級意識の厳しかった時代のこの姿、稀少です。一説には吉弘軍のいでたちとも。
動きはキビキビと、太鼓の音は大きく、笛と鉦が境内に満ちます。演目は「神納」から「登天」までの14(一庭)。それぞれの演目がそれぞれの意味をもちます。一庭終えた楽人は精魂尽き果てたような、これは相当の力踊りです。諸仏を招いてお送りする、それを神社でおこなう、よく考えればそれが日本の普通の文化だったのです。
[取材・文:苦田秀雄]